平成20年9月定例会本会議    

公明党の中村耕一でございます。通告に従い質問をいたします。
初めに視覚障害者の方に対する情報格差解消のための対策についてお伺いいたします。
現在、視覚障害者は全国に約30万人いるといわれておりますが、そのうち点字を利用できる方はわずかに1割と推計されております。
特に糖尿病などにより、後天的に障害を持たれた中途視覚障害者の方の多くは、点字を習得できない現状にあるとも伺っているところでございます。
私たちは、社会情勢や生活にかかわることは新聞や書籍から、また、そのほかプライベートな公共料金の請求書、通知書、また銀行の通帳、医療情報なども、書面から瞬時に情報を得ることができます。
それに対して視覚障害者の方といえば、点字が全てのものに付いているわけではなく、点字をできる方も本当に少ないということで、大きな情報格差が生じております。
このような情報は、日常生活を営む上で必要不可欠であるにもかかわらず、自分ひとりでは十分に確認することができないため、悪質な商法、詐欺等にだまされやすいという環境にもあります。
つまり、視覚障害者の9割にあたる、点字を利用できない方は、家族以外から情報を取得することが難しい環境に置かれており、情報保障の確保は極めて重要なことと思われるのです。
国は、こうした視覚障害者の情報格差を解消するために、平成18年度補正予算で視覚障害者等情報支援緊急基盤整備事業として、日常生活用具対象機器となっている「活字文書読み上げ装置」等を公的機関に整備するために、市町村に100万円を上限に10割補助の予算措置をしております。
音声コードとは、紙に掲載された印刷情報をデジタル情報に変えたシンボルで、QRコードと同様の二次元のデータコードです。
18ミリ角の中に漢字かな混じりの日本語で約800文字のデータを記録することができ、それを専用の「活字文書読み上げ装置」で読み取り、音声として再生するものです。
音声コードの作成もパソコンに専用ソフトをインストールしておけば、文書作成ソフトのワードによる文書の編集段階で、ワンクリックで音声コードに変換され、テキストと同一画面に貼り付けられます。
実に簡単であり、時間もかかりません。
そして、発行される印刷物に通常の文書と一緒に音声コードが印刷されていれば、視覚障害者も自力で健常者と同じ情報を得ることができるのです。
そこで、初めにこの緊急基盤整備事業による長岡市の音声コードの導入計画と、活用の予定についてお伺い致します。
本年、我が会派で音声コードの普及支援活動を行っている「日本視覚障がい情報普及支援協会」への視察を行いました。
音声コードは、視覚障害者の社会的立場・生き方を大きく変えることのできる革命的なものであるとの説明を受けるとともに、先進地の取り組み状況などもお聞きしてまいりました。
世田谷区で行われた事業の中間報告書があり、その中の視覚障害者モニターの意見に、「視覚障害者には、プライバシーが無いとあきらめていた。
第三者に読んでもらっているが屈辱である。音声コードを活用する意義を行政は理解をしてもらいたい」という一文がありました。
情報バリアフリーの促進、そして視覚障害者の方の人格的な尊厳を守るためにも、この音声コードの活用がとても大切であることがこの意見からも分かると思います。
厚生労働省は、この機器の普及に向けて平成18年の2月16日、医政局指導課から協力を求める「事務連絡」を医療機関あてに出しております。
病院は、人の命、そして健康を預かる重要な責任を負っていますが、視覚障害者による薬の誤飲などの問題も起こっているとも伺っています。
このような事故を防ぐために、この「活字文書読み上げ装置」の早急な設置協力を訴えたのです。
このように、医療機関をはじめとして民間事業所においても、この音声コード普及が大変に重要なことなのであります。
音声コードには従来提供されていなかったプライバシー情報や生活情報を補完する役割が期待され、こうした情報を保証していくことが視覚障害者の自立における最低限の保証につながっていきます。
更には、今後、音声コードを読むための専用機器がなくても携帯電話のカメラで読むことが可能になってくるとも伺っております。
そうなれば、視覚障害者だけでなく、例えば視力の弱ったお年寄りや活字の読めない外国人などへの情報提供のように、対象者や利用の仕方が広がっていく可能性があり、誰にも優しいサービスの提供というユニバーサルデザインの視点からも期待できる、素晴らしい情報提供の手段となりえるものと思います。
そこでお伺いいたします。音声コードの可能性について、行政としてどのようなご認識をお持ちでしょうか。
さらに、情報バリアフリー促進のためには、行政が「音声コード」普及に、リーダーシップを発揮するべきではないかと思います。
具体的には、この音声コードを市民に広く認知してもらうためにも、まず行政が発行する印刷物、例えば、「市政だより」や防災関連のものなど、可能なところから音声コードを載せていく事が市民の理解につながり、普及促進につながると思いますがいかがでしょうか?
また、視覚障害者の就労の可能性についてお伺いいたします。
視覚障害者の方のパソコン利用も進んできているそうです。
この音声コードは、パソコンを利用できれば誰でも作成が可能で、視覚障害者の就労支援として新たな就労分野を開拓する事にもつながるのではないかと考えるものです。
視覚障害者の就労というと鍼・灸・マッサージなどの専門分野しか無いのが実情です。
しかし、今後音声コードが普及していけば、例えば自治体や諸団体、企業等で発生する、音声コード付きの印刷物作成業務などを視覚障害者の就労支援として業務委託できる可能性も考えられます。
この音声コードを活用しての就労支援の可能性について、お考えをお伺い致します。

続いて、長岡市の公共交通基本計画についてお伺いいたします。
10年後の長岡市の姿を見据えての公共交通基本計画の素案がまとまり、現在、市民からのパブリックコメントが行われているところでございます。
私たちも説明を受けましたが、全体的によくまとめられており、10の市町村が合併した中での、新市の一体化を促進し、自家用車依存型社会の中で急速に落ち込んでいる公共交通利用者を取り戻し、地球環境にも優しい交通体系を作ろうとの熱意溢れる計画として評価をするものであります。
今回は、その中で特に交通空白地域の対応についてお伺いをいたします。
長岡市は、守門岳から日本海までと市域が大変に広大で、ひとくくりでは語れません。
そして、現行の公共交通でカバーできていない場所が数多く存在します。
中でも、過疎化と高齢化が進展している地域では、高齢者だけの世帯や一人暮らしの方も多く、家族送迎に頼れず、しかもバス停まで行くのが苦になる高齢者が少なくないのが実情であります。
車に乗れない方々にとっては公共交通の存在・利便性は生活に直結しており切実な問題なのです。
そのような方々からみると、今回の基本計画で示された周辺地域や交通空白地域における対策は理念だけであり具体的な提案がされてないようにみえます。
しかし、本当に困っているのはこのような地域に住む方々なのです。
今回の基本計画の中で、新たに「事業者だけでなく、行政・市民等の三者が連携・協働して公共交通をまもり育てる」という理念が盛り込まれました。
特に周辺地域内の路線に関しては、「利用の少ない路線や空白地域では、住民が主体となった運営を検討します。
住民主体の運営にあたっては、市が適切な支援を行います。」と打ち出されました。
この提案に関しては、同じ長岡市でも、地域により歴史も地形も住んでいる人たちの生活形態も全く違います。
それぞれの地域には独自の文化があり、独自の生活を営む人がいる。
そこに既製品のような公共交通手段を提案しても、うまく機能しないから、それぞれの地域がチエを出し合って、その地域に適したオーダーメードの新たな公共交通を作るという事であり、その中にあって行政は、地域からの要望を受け止めて、コーディネートをしっかりやる事だと前向きに理解しています。
その考えは、これまでただ事業者にバスを通して欲しいと陳情するしかなかった地域の人たちにとっては、それなりに踏み込んだ、希望の光をみる思いだったでしょう。
基本計画では、住民主体の運営の例として、山古志・太田地区で本年7月より運行を開始したクローバーバスをとりあげています。素晴らしい取り組みであると評価をしております。
しかし、これはある程度の地域力のあるところでないと実現ができないという現実があります。
過疎化と高齢化で地域力がない地域の公共交通をどう作り上げていくか。
そこにこそ長岡市の手腕が問われると思うのです。
本市として、周辺地域や交通空白地域などの要望に対して、地域の活力を引き出して積極的にコーディネートしなくてはいけないと思いますが、具体的にはどこの部署で、どのように関わりを持ち、どのように対応していかれるお考えなのでしょうか、お伺いいたします。
地域の足としての有力な手段の一つとして、全国的に普及し始めたものとしてデマンドタクシーがあります。
我が会派で、デマンド公共交通システム発祥の地、福島県南相馬市小高区の「おだかe−まちタクシー」を視察に行って参りました。
小高区も以前はいくつかの路線バスが運行されていましたが、乗客数の減少にともなって、廃止、もしくは運行本数を減らすという状況で、1路線を除き既に全部廃止され、車を運転できない高齢者をはじめとする交通弱者の移動手段確保が大きな課題となっていました。
そこで福島大学の奥山修司教授のアドバイスのもとに考え出され実行されたのがデマンドタクシーでした。
通常、公共交通には決まった路線があって、そこを定時巡回し、お客を乗せるものであります。
安定したシステムですが、路線から離れた住民の方にとってみれば使い勝手の悪いものになりますし、乗客がいなければ空気を運ぶだけということにもなりかねません。
しかし、小高区のデマンドタクシーには路線がないのです。
利用したい人の要望を一定の地域エリアごとに、時間帯ごとにプールして、それを効率よく乗合い配車できる台数分だけを、待機待ちをしている空車のタクシーを定額料金で借り上げる。
そして、利用者間の割り勘による低料金で戸口から戸口まで順々に送迎するという便利な乗り合いタクシーなのです。
つまり、バス並みの安価な料金とタクシー並みの戸口間送迎という利便性を実現するために生み出されたシステムであり、そのためにITを活用した効率的な予約管理・乗合配車システムが導入されています。
それによって、高齢者を中心とする利用者への利便性向上、行政に対する財政支出額の削減、そしてタクシー会社の売上高の増加と、空車タクシーの有効活用という「三方」に対して、「一両得」を提示することができているのです。
当初は、知名度が無くて苦戦したそうですが、周知に努めた結果、現在は乗客数も順調に推移していて、一律300円の低料金ということもあって、毎日利用している方もいるそうです。
そこで分かった事があります。まず、利用者の大多数が実は後期高齢者層の女性であることです。
更にその方々の足を確保するということは、その他にも大きな効果を生む事がわかりました。
まず、自立支援効果。高齢者の外出機会増加による生き甲斐創出と健康の維持です。
タクシーを利用することで知り合った友人宅を訪問したり、生涯学習やカルチャー教室を受講したりと、高齢者同士の交流と生き甲斐創出に寄与しているそうです。
また、低料金のため、短期間に集中して病院に通院することが可能となり、症状の早期回復による健康の維持や将来的に医療費の抑制も期待できるというのです。
そして、買い物客も増加しました。郊外からまちなかに来る利用者の目的のトップは医療機関ですが、病院だけでは終わっていません。
帰りは逆に商店からの乗車が増えるのだそうです。
つまり、病院に行き、帰りに商店街に立ち寄って買い物をしてから帰るようになったのです。
当然、身なりもきちんとして髪も整えるなど、思わぬところにお金をおとす効果も生んでいると話をされておりました。
高齢者をはじめとする交通弱者の方の足を確保するためにおこなった事が、こんなにも高齢者の生活を変え、商店街の活性化にも大きく寄与しているのかと驚きました。
これは当市においても交通空白区において大きな示唆を与えてくれるものと考えます。
長岡市におきましても、地域を選び、民間と連携しながらデマンドタクシーの導入を推進してはどうかと思いますがいかがでしょうか?
お考えをお聞かせ下さい。

最後に、シティホールの建設についてお伺いいたします。
現在、厚生会館地区に、公会堂、市役所、屋根付き広場が一体となった『市民協働型シティホール』を目指して着々と整備が進んでいます。
設計コンペティションで選定された設計者・隈研吾氏のもと、平成23年秋の竣工に向けて基本設計を進めていますが、市民の皆さんからも、これまで何回かのワークショップをとおして、実にさまざまな意見やアイデアをいただき、“市民協働のシンボル”“新・長岡市の顔”となる「シティホール」を目指しているところでございます。
これまでの様々な広報活動により、シティホールの建設自体は市民の間に少しずつ理解が広まってきたとは思うのですが、まだまだ身近な「私たちのシティホール」との親しみを込めた存在にまではなっていません。
大事なのは、行政が町の真ん中にドンと市庁舎を持ってきたという受け身の姿勢を市民に持たせてしまうのではなくて、建設への過程をとおして、「これこそが、私たちの街の誇りだ。私たちが作った、私たちのシティホールだ」と喜びと期待をもって迎えられ、完成後も、多くの人が気軽に集えるようなココロの拠り所としての場所、それこそが市民協働のシンボルとしてのシティホールであり、厚生会館地区に建設する意義があるのではないかと考えるものであります。
その意味で完成品としての価値もさることながら、建設の過程こそが大切であり、いかに多くの市民と関わりを持つことができるのかが一番大切であると認識するものであります。
そこで今後、建設過程において市民との協働意識を育むために、どのように関わりを持っていくおつもりなのでしょうか。
そして完成後は、特に「中土間」と呼ばれる屋根付き広場の運用が成功のカギになってくると思います。
「市民協働型シティホール」に相応しい具体的な運営はどのように想定しているのかお聞かせ下さい。
更には建設費について提案致します。
我が会派の山田議員が平成14年6月の総務委員会で、住民参加型市場公募債、通称、ミニ公募債について取り上げたことがございます。
ミニ公募債とは地方自治体が地域の住民を対象に発行するものであり、特定の行政施策の財源を目的として発行されるものです。
地域住民の社会貢献意欲を高めるという効用もあります。
当時、山田議員の提案に対して市当局の答弁は、ミニ公募債についてはメリット、デメリットがあり一概に判断できず検討を要するということでした。
更には、当時の経済的背景もあり実現には至っておりません。
しかし今回のシティホールの建設については、まさに市民の参加意識を高めるというミニ公募債のメリットを最大に生かせる、時に叶った発行になるのではないでしょうか。
ミニ公募債を発行することになれば手数料の問題や、その他、煩雑な作業も発生します。
しかし、今回のシティホール建設は、まさに50年先、100年先の未来まで残る素晴らしい市民協働のシンボリックな建物を目指すものであります。
その建設に参加したいとの市民の思いに応える手段として、建設費にミニ公募債を活用する意義は大きく、メリットがデメリットを大きく上回っていると思うのですがいかがでしょうか。
お考えをお聞かせ下さい。

以上で、私の質問を終わります。





















   平成20年3月定例会本会議    

公明党の中村耕一です。通告に従い、質問をいたします。
昨今の子どもたちの育ちの環境は、かつてない局面を迎えており、個々の家庭の対応だけではどうにもならない難しい問題も出てきております。
その大きな要因に少子・高齢化と核家族化の進行が考えられますが、全国的にも子どもたちの学ぶ意欲の低下、学力の二極化という形で問題があらわれています。
本市におきましても、そこを最大の課題ととらえて、「熱中!感動!夢づくり教育」を掲げ、子どもたちのやる気を引き出そうとする懸命の取り組みをしているところであります。
しかし、子どもたちのそのような状況は、就学前、つまり幼児期からの家庭生活の中にも大きな原因があるのではないかと考える次第です。
基本は、あくまでも家庭教育です。行政で論じるにはなじまない議論であるかもしれません。
しかし、これからの長岡を決定づけるものは人材の育成であり、そのための教育であります。
昨今の家庭での教育力低下を考えると、黙って見過ごしているわけにもいかず、取り組むべきは取り組んでいくことも必要かと思います。
それこそが真の米百俵教育ではないかと考え、質問をいたします。
質問の1点目は、子どもの発達に及ぼすメディアの影響についてです。
私たちの会派で視察に行った際、日本小児科医会所属の医師の講演を聞く機会がありました。
小児科医院の院長である講師から、最近の子どもたちの心身の発達のおくれやゆがみが起こっている状況等を憂慮し、同会として平成16年2月に「子どもとメディア」の問題に対する提言を出していることを知りました。
提言の中で取り上げている問題の1つ目が、テレビ、ビデオ視聴を含むメディア接触の低年齢化、長時間化です。
乳幼児期の子どもは、身近な人とのかかわり合い、そして遊びなど実体験を重ねることにより、人間関係を築き、心と体を成長させます。
ところが、乳幼児からのメディア漬けの生活は、外で遊ぶ機会を奪い、人とのかかわり体験の不足を招きます。
特に象徴機能が未熟な2歳以下の子どもや発達に問題のある子どものテレビ画面への早期接触や長時間化は、親子が顔を合わせ、一緒に遊ぶ時間を奪い、言葉や心の発達を妨げるそうです。
問題の2つ目が、メディアの内容そのものについてです。メディアで流される情報は、成長期の子どもに直接的な影響をもたらします。
与えられる情報の質、その影響を問う必要があります。
その一方で、これからの時代を生き抜くためにメディアを活用し、読み解く力を育てることも重要です。そこで、具体的に5つの提言がなされているので、紹介をいたします。
 1、2歳までのテレビ・ビデオ視聴は控えましょう。
 2、授乳中、食事中のテレビ・ビデオの視聴は止めましょう。
 3、すべてのメディアへ接触する総時間を制限することが重要です。
   1日2時間までを目安と考えます。テレビゲームは、1日30分までを目安と考えます。
 4、子ども部屋にはテレビ、ビデオ、パーソナルコンピューターを置かないようにしましょう。
 5、保護者と子どもでメディアを上手に利用するルールをつくりましょう。
以上の5点ですが、現場からの切実な問題提起であると思います。
また、文部科学省のホームページには、「子どものメディア接触と心身の発達に関わる調査・研究」が紹介されております。
これは、メディアコントロールの取り組みによる成果を見るために、メディアコントロールに取り組んでいる学校と取り組んでいない学校の差異を見るものであります。
時間を決めたり、曜日を決めたり、食事の時間はテレビを見ないことに決めるなど、子ども自身がメディアコントロールしている学校の子どもほど早寝早起きができるという結果があります。
また、コントロールしていた場合の子どもたちは、友達がいじめられているのを見るとほうっておかない傾向が強いと言えるそうです。
さらに、人や動物がけがをしたりすると、自分も痛い気がしますかという問いに対しては、コントロールした学校の子どもとしていない学校の子どもにも大きく差が出ることが報告されております。
こうした文部科学省の研究報告を見ますと、適正なメディア教育の必要性を考えるところであります。
そうした中、実際に危機感を持ってメディアコントロールに取り組んでいる自治体もあります。
埼玉県さいたま市では、毎月23日をノーテレビ・ノーゲームデーとして今年度から取り組みを始めたと伺いました。
取り組みに挑戦した子どもたちの感想は、家族との会話、触れ合いができたことなどの肯定的な感想が大半だったそうです。
4年前の中越大震災の際、我が家は3日間停電をしました。
電気のない生活がこれほど不便なものかと痛感させられましたが、そのかわりに貴重な経験もいたしました。
夜、暗くなると家族全員が1つの部屋に集まり、ろうそく1本の明かりの中で長い夜を過ごすのです。
異常な状況の中ではありましたが、これほど子どもと話し合ったことはないと思うくらいの濃密な経験でありました。
家族みんなで向き合い、子どもたち一人一人の考え、生活を知ることのできた貴重な時間だったと思っております。
メディアは、現代では必要不可欠なものでありますが、今のような無制限なメディア接触は、大切な家族同士が見詰め合い、触れ合う時間を奪ってはいないだろうか、そして子どもたちの健全な成長を侵害してはいないだろうかと危惧する次第です。
本市としまして、子どもたちとメディアとの関係をどう認識しており、今後どのような対応をする用意があるのか、お伺いいたします。
さらに、メディアとのかかわりに対する取り組みとして、1つの提案をさせていただきます。
新潟県は、親子の触れ合いのある明るい家庭づくりを促進するため、毎月第3日曜日を家庭の日とする取り組みがあります。
まずはこの日を利用して、メディアとのかかわりを親子で話し合う機会として、例えばノーテレビ・ノーゲームデーとして挑戦することを市民に呼びかけてはいかがでしょうか。
この提案に対する御意見をお伺いいたします。

2点目は、CAPプログラムについて質問をいたします。
CAPとは、チャイルド・アサルト・プリベンションの頭文字をとったもので、日本語に訳すと子どもへの暴力を防止するプログラムという意味で、子ども自身が暴力から自分を守るための教育プログラムであります。
もともとは、1978年にアメリカのオハイオ州コロンバスにあるレイプ救援センターで開発され、日本では平成9年に葛飾区の小学校で初めて導入されました。
導入した反応はとても好評で、現在では葛飾区内ほとんどの小・中学校で実施をしているようであります。
全国的に見ると、平成13年6月に起きた大阪・池田小学校の事件を機に導入する学校がふえているそうです。
子どもの安全対策については、子どもが心配だからといって大人が常にそばについているわけにもいきません。
子どもたちが自分で自分を守れるように、みずからが持っている力を引き出すことの大切さを教える、そのための教育プログラムなのであります。
日本人の気質の中には、はっきりノーと言うことが苦手とか、むしろ言えないということがあり、それは子どもも同じで、ノーと言うと対人関係をまずくするのではないかと思い、誘惑や危険から回避できず、犯罪に巻き込まれてしまうケースもあると指摘されています。
 そこで、このCAPプログラムは、危険に遭遇したら、1、勇気を持って嫌だと言う、2、その場から逃げる、3、だれかに相談することを基本にしながら、寸劇や歌、ディスカッションなどを交えて、実際に起こりそうな出来事を紹介し、危険への対処の仕方を学ばせようとするものであります。
そして、わかりやすい人権概念を教え、子どもたちがいじめや痴漢、誘拐、DV、虐待、性暴力といったさまざまな暴力に対し、何ができるかを教えるのです。
この3月議会には、来年度予算案が上程されております。
その中には、子どもたちを守り、育てようとする施策のための予算も多く盛り込まれております。
でき得るものはすべてやりましょうとの意気込みは、十分伝わってくるものであります。
あとは、子どもたちが自分自身でできる自己防衛法を学ぶことができればと考えるものであります。
事件というのは、助けてくれる大人がそばにいないときほど起こるものですし、いじめ、児童虐待などはそのほとんどが事件が起きてからしか発見できません。
真の教育とは、子ども自身が困難に遭遇したときにどう立ち向かい、乗り越えていくかを教えることが大事であると考えるものであります。
そういう意味で、このCAPプログラムの全市への導入を検討する価値は大いにあると思われます。
本市におきましても、既に10校以上の学校で実施されている実態があります。どのような成果があると認識されているでしょうか、そして今後の展開について市の見解をお伺いいたします。

3点目に、子どもたちの携帯ネット問題について質問をいたします。
携帯ネットとは、携帯電話からインターネットに接続することを指します。
私は、昨年の文教福祉委員会でも取り上げましたが、携帯ネットを取り巻く問題はますます大きくなっています。
特に最近は、ネットいじめに象徴されるように、子どもたち自身が被害者にも加害者にもなり得るという危険性をはらんでいます。
文部科学省も、子どもを守り育てる体制づくりのための有識者会議を立ち上げて対策を講じるなど、重要課題として取り組みをしているところです。
携帯ネットには何でもあります。音楽を楽しめ、ゲームができ、漫画も読め、話し相手を見つけられ、出会いもある。
そして、アダルトコンテンツも利用できる。
ある人は、思春期のあらゆる好奇心にこたえてくれるメディアであるとも言っています。
現実社会で、大人が子どもに見せたくないと規制していたり警戒しているものにも、携帯ネットなら子どもが直接アクセスすることが可能です。
子どものネット利用を研究している群馬大学社会情報学部大学院の下田博次教授は、携帯ネットなら親や社会の目をバイパスでき、大人が子どもに与える健全育成の規範から自由になれるツールである。
子どもにとってこんなにおもしろいものはない。
大人からやってはいけないと言われることを全部できるからと語っており、携帯電話は子どもにとって史上最強のメディアで、最高のおもちゃとも語っています。
そこでお聞きします。全国的には、携帯電話による青少年の事件が多発しています。
しかし、本市ではまだまだ問題に対する認識が浅いように思います。
本市において、携帯電話にまつわる事件、トラブルの事例がありますでしょうか、また現在の携帯電話の実態をどのように認識しているのか、お伺いいたします。
今私が感じている一番の問題点は、大人と子どもの携帯電話に対する認識、理解度の違いです。
大人は、当然電話は話をする道具と思っています。
しかし、子どもたちは、ネットにつなぎ、何でも可能にする魔法のツールであると考えているのです。
そこで、今後の取り組みとして大事なことの1つは、携帯を所有してしまっている子どもたちへの情報教育です。
具体的な事例を通して、やってはいけないことを教えていく必要があります。
ネットの中のグレーゾーンにある情報のよしあしを判断するには、社会的な経験、人間関係についての豊かな経験、多様な情報体験が必要不可欠です。
判断能力と社会的常識、そして社会的責任能力を持った人たちだけが自在に自由に自己責任で歩き回ることができる、そういうことを教えていくべきです。もちろん青少年の携帯電話についての責任は、家庭にあるのは当然です。
しかし、昨今の家庭での教育力低下を見れば、学校教育の中で教えていくことも必要と考えます。
少しずつ指導の機会をふやしているようではありますが、なお一層の具体的な指導を望むものであります。
2つ目としまして、他者に責任を転嫁して責めるだけでなく、買って与えて使い方のルールも教えない親の責任こそが問題であると大人に認識させていくべきです。
ネットにつなぐことのできる携帯電話がどのような影響を子どもに与えるのかということを理解せずに、安易に子どもに買い与えてしまう大人が、問題を大きくしているとも言えるからです。
今後フィルタリングの義務化への流れはありますが、本質的な対策にはなりません。
簡単に買い与えることをしない、利用するにも責任を持って見守っていく、そういう賢い親をつくっていく運動を具体的に推進していく必要があると考えます。
具体的には、ネット社会の語り部とも言うべきインストラクターを養成し、その輪を広げていくのも大切な視点ではないでしょうか。
地域の中から問題意識を持っている人たちを公募して、携帯ネットについて真剣に学び、研さんし合って、あらゆる機会に大人たちに、子どもに安易に携帯電話を持たせる危険性を具体的に警鐘していける力ある人たちを養成していくべきと考えます。
群馬県では、知識のある市民をふやし、それを支援する行政システムをつくって、子どもと学校を助ける親たちの運動が始まっています。
このようなネットに対する市民の認識を改めることをしていかないと、今後ますます問題は大きく、複雑化していきます。本市でもぜひこういった市民インストラクターを養成すべきと考えますが、見解をお伺いいたします。

最後に、ふるさと納税についてお伺いいたします。
都会に転出した者が、成長する際に地方が負担した教育や福祉のコストに対する還元の仕組みができないか、生涯を通じた受益と負担のバランスをとるべきではないかとの意見があります。
また、都会で生活している納税者からも、自分が生まれ育ったふるさとに貢献をしたい、自分とかかわりの深い地域を応援したいという声が近年高まってまいりました。
それを受けて、平成20年度税制改正で、生まれ故郷の自治体などに寄附した場合に住民税が控除されるふるさと納税制度が創設され、平成20年度の導入に向けて議論がされています。
ふるさと納税制度は、納税者の選択で自分の住む地域以外の地方自治体に個人住民税の一部を寄附できるというもので、地方自治体への寄附金に対して、個人住民税の1割を上限に、5,000円を超える寄附金相当額を個人住民税から税額控除されるという仕組みであります。
制度の大きな特徴は、納税者が寄附先の自治体を自由に選択できるということにあります。
制度の是非はともかくとして、決まる以上は全国から寄附先として応援してもらえるように具体的に長岡市をアピールし訴えていく準備をしておく必要があります。
既に先行している自治体では、ホームページを活用してそうした取り組みをしているところもあります。
例えば北九州市は、獲得に向けて予算づけをしているようですし、愛媛県松山市、滋賀県高島市など、幾つかの自治体では我が自治体の売りをつくってアピールしています。
この制度を本市から見れば、地域活性化策として活用することが可能であり、応援に値するようなアイデアがあれば寄附金を募ることができます。
市が有する自然や文化などの有形無形の財産も、さらに大きく活用できる可能性があります。
この財産の知名度や価値をいかに高めるのか、そのための創意工夫にこそポイントがあると考えます。
長岡市は、米百俵を通じて教育の先進地として有名になりました。
また、7・13水害、中越大震災、中越沖地震を通して全国にすばらしいきずなができております。
来年は、NHK大河ドラマ「天地人」の放映、それからトキめき新潟国体の開催と大きく脚光を浴びる年でもあり、長岡市が全国に注目されるまたとない機会とも言えます。
本市のふるさと納税に対してのお考えをお伺いいたしまして、私の質問を終わります。




















   平成19年9月定例会本会議    

公明党の中村耕一でございます。通告に従い、質問いたします。
 初めに、このたびの新潟県中越沖地震により尊い命が失われ、各地に甚大な被害がもたらされました。
犠牲となられました方々とその御遺族に対しまして、衷心より哀悼の意を表します。
また、負傷されました方々をはじめ、被害に遭われました方々に心からお見舞い申し上げます。

 去る7月16日午前10時13分、上中越沖を震源とする新潟県中越沖地震が発生しました。
本市におきましても、とりわけ西部地域において甚大な被害に見舞われました。
私たち公明党も直ちに市内はもちろんのこと、柏崎市、刈羽村の被災地に足を運び、被災者のお手伝いをし、調査の上、必要な要望をしてまいりました。そこで感じたことの中から、今後本市としても真剣に考えていかなければならない災害時の緊急車両の体制についてお伺いいたします。
新潟県中越沖地震における人的被害、死亡者は11人ですが、そのうちのお二人の事例について、新聞記事から概要を紹介させていただきます。
1つ目の事例は、柏崎市で地震直後の工場火災で重いやけどを負った男性です。
入院治療をされておりましたが、残念ながら亡くなってしまいました。
火災は、地震直後に男性の勤務する工場で起き、社員3人が負傷、同僚が地震発生4分後の10時17分に119番通報しました。
しかし、消防本部は殺到する出動要請に忙殺されており、「救急車の到着まで時間がかかるので、できれば会社で搬送してほしい」と言われ、仕方なく男性の同僚は3人をワゴン車に乗せ、4キロ離れた刈羽郡総合病院まで運びました。
ところが、病院は既に負傷者であふれ、地震の影響で手術室も使えない。
結局重傷の2人は、同病院の要請した救急車で長岡市内の病院に転送、高速道路や国道の通行どめのため、救急車が病院に到着したのは2時間半後の午後零時47分になっていたそうです。
2つ目の事例は、刈羽村に住む高齢の女性です。自宅家屋が完全に押しつぶされ、女性は生き埋めになりました。
近所の人、約30人がチェーンソーなどで倒壊家屋をかき分け、正午ごろに女性を助け出しました。
住民が救急車を要請しましたが、来られないとの回答。
結局消防団の消防車が先導し、軽トラックで搬送いたしました。
周囲の道路は隆起し、亀裂が走り、思うように進めない。
刈羽郡総合病院に向かう途中、「医者が足りない。受け入れられない」との無線連絡が入りました。次に、長岡の病院に転進しましたが、ここも連絡をとると「いっぱいでだめ」、結局柏崎中央病院に搬送、女性は間もなく死亡しました。
近所の男性は、「道の状態がよく、搬送先が二転三転しなければ間に合ったかもしれないのに」と無念そうに語っていたそうです。
この2件の事例から、私は災害時の救急車両の体制に対し、大きな不安を感じました。
柏崎と刈羽村をカバーする柏崎市消防本部の救急車は全部で6台、地震発生直後から119番通報が相次ぎ、この2件の事例とも通報時にはすべて救急車が出動していて、対応ができませんでした。
本市といたしましても、この不幸な事例を踏まえ、万全な体制を考えておくことが急務であると考えます。
そこで、長岡市の救急体制についてお伺いいたします。
初めは、平常時の体制についてです。
1点目、現在長岡市では平常時におきまして何台の救急車をどういう体制で運用されているのか、お聞かせください。
2点目としまして、119番通報してから病院に搬送されるまでの時間について伺います。
本市平均時間と合併地域の遠距離の時間がかかった場合をお聞かせください。
次に、災害時の体制についてお伺いいたします。
中越大震災、今回の新潟県中越沖地震を通して、災害時の救急搬送がいかに難しいかを実感してきました。
特に中越大震災の際には、濁沢町の火災、救助活動で、道路が寸断されたために消防車が現場まで行けず、全焼家屋が6棟に及び、しかも火災現場に隣接するところで土砂崩れによる家屋の倒壊が発生、懸命の救助活動にもかかわらず、2人の方が亡くなられたことは記憶に新しいところです。
そこで、質問です。
1点目、柏崎市、刈羽村のように、119番通報が短時間に集中して、対応できなかった事例は過去にあるのでしょうか。また、もしそうなった場合の対応マニュアルはあるのでしょうか。
2点目、道路が寸断され、また橋が落ちるなどで孤立してしまった地域への救助活動の対応はどのようになっているのでしょうか。
実は今回の地震で、柏崎市に住む私の知人も被災いたしました。
地震発生時に土蔵づくりの別宅が倒壊し、土蔵の中にいた知人の弟さんが生き埋めになってしまったのです。
助けを求めて119番通報しても通じない。
結局地域の人たちと消防団の約20人とで救出し、重体のまま消防団の車で刈羽郡総合病院に運ばれました。
しかし、そこは停電で、まともな治療も受けられない状況だったそうです。
幸運だったのは、そこに日本医科大学千葉北総病院のDMAT、災害派遣医療チームがドクターヘリで現地入りをしていたことでした。そこで、知人の弟さんは急遽ドクターヘリで本市の長岡赤十字病院に搬送されたのです。
幹線道路は寸断され、高速道路も不通となる中、ドクターヘリは空路わずか8分で病院に到着し、十分な治療を受けることができ、命を救われたのです。
本年6月19日、国会において救急医療用ヘリコプター特別措置法が成立し、ドクターヘリの全国配備への道が開かれました。
これは、一貫して公明党が法制化をリードしてきたものであります。
そして、これを受けて、新潟県においても導入に向けた検討が始まりました。
ドクターヘリとは、空飛ぶ救命治療室とも呼ばれて、救急医療に必要な機器や医薬品を装備したヘリコプターに医師や看護師が同乗して事故現場に駆けつけ、即座に治療に当たる救急救命システムです。
その最大の利点は、迅速な治療による救命率の向上です。
医療機関などの敷地内に常駐し、要請から数分で出動し、半径50キロ圏内なら15分以内で現場に到着することが可能であり、特に山間部など地上交通の不便な地域で病院への搬送時間を大幅に短縮できます。
全国配備が進んだ国では救命率の向上に大きく貢献しており、例えばドイツでは現在78機のドクターヘリ救急網を整備し、国内のどこへでも15分以内で駆けつけられる体制を確立、交通事故による死亡者数を20年間で3分の1にまで激減させることに成功しております。
また、災害医療や問題になっている小児救急医療などの分野にも大いに活用が期待されているところです。
合併により、守門岳から日本海までの広大な面積を有することになった長岡市。災害時だけでなく、平常時の医師不足などによる地域医療に対する不安が高まる中、救急体制をどのようにつくり上げ、安全・安心の医療を担保するかは本市においても大変に重要な課題であります。
大震災を経験して、災害時の救急体制の重要性をどこよりも感じ、さらには広大になった地域間の格差をなくす救急医療体制の確立を考えれば、本市としては積極的にこのドクターヘリの導入を県に働きかけ、でき得れば本市にドクターヘリを誘致できないものかと考えるものです。そうすることが市民の皆様の安全・安心の医療の確保につながると考えます。本市のお考えをお伺いいたします。
次に、財政の健全化の視点から、税の徴収についてお伺いいたします。
三位一体の改革における税源移譲の進展や税負担の公平確保の必要性の高まりに応じて、地方税の徴収率の向上や滞納、脱税の解消はますます重要性を増してきております。
平成17年3月に総務省において策定した地方公共団体における行政改革の推進のための新たな指針においても、こうした観点から地方税の徴収率の一層の向上に取り組むべきことが示されるとともに、行政改革の成果について、住民等にわかりやすく公表するように努めることが要請されているところであります。
本市としましても、地方税の徴収率の向上対策に一層積極的に取り組むとともに、取り組み内容やその結果をわかりやすく公表するよう努めていくべきと考えます。
そこで、質問いたします。厳しい経済状況のもとで、市税の滞納も気になるところであります。
1点目として、現在の市税の収納状況はどうなっているのでしょうか、お聞かせ願います。
2点目として、徴収率向上のためにどのような対策をしているのでしょうか。
さて、市税や各種手数料、使用料の適正な徴収については、市民負担の公平から、より一層の適正な徴収事務に努めていただくことは当然でありますが、納める側の立場に立って、より納めやすい方策、納めやすい環境づくりを行政としても積極的に取り入れるべきだと考えます。
現在市民が税金を納めるには、市役所の窓口、または銀行、郵便局など金融機関の窓口で納める方法と口座振替で自動的に引き落とされる方法があります。
そこで、さらに市民の利便性を高め、納税しやすい環境づくりのために、コンビニエンスストアでの納付を可能にしてはどうかと提案するものであります。
金融機関の窓口は、基本的に平日の午後3時までしか開いていない上、順番待ちなどで手続に時間がかかることから、共稼ぎ世帯などから「納税したくても、金融機関の窓口の開いている時間帯はなかなか都合がつかない」などの声も上がっております。
その中で、全国的に注目を集めているのがコンビニでの納税です。
国は、平成15年度の税制改正の一環として、地方税の納税の機会の一層の拡大を図るため、地方自治法施行令の改正を行い、それまで認められていなかった地方税の収納事務の民間委託が認められることになりました。
この収納事務の受託者としてコンビニエンスストアが考えられるところから、コンビニ納税と称されております。
納税者の利便性の向上、収納率の向上、公金確保の観点から有効とされ、特に昼間不在の納税者の納税の機会の拡大と同時に、地方公共団体にとっても相当のメリットがあると考えられているところから、既に取り入れている自治体も多くあります。
コンビニは、生活圏に密着して立地し、店舗の数が多く、土日も営業しており、一部を除き、24時間、365日営業の店舗が多く、深夜、早朝、土日、祝祭日でも収納が可能です。
既に現在電気、ガス、電話、水道料金などの公共料金の支払いがコンビニで可能となっております。
もはやコンビニの利用は市民にとって便利な日常の風景となっており、市民の利便性の向上が納付率の向上につながるものと考えております。
そこで、質問です。
1点目は、納税の機会の確保ということから、コンビニでの納税について、本市としてどの程度調査研究されているのでしょうか、お伺いいたします。
2点目は、ずばり実施についての前向きな答弁をお聞かせください。
さらには、コンビニ納税のほかに、クレジットカードによる納税方法についても提案するものであります。
クレジットカードによる納税につきましては、国内ではまだ研究段階であり、現時点では数カ所のみ実施している状況のようでございます。
しかし、クレジットカードによる納税が実施されることになった場合には、納税者には後払いによる資金融通が図られることから、納税手続のスピード性、カード利用によるポイント付与などの利点がございます。
税金を納めれば、そのポイントで食事や旅行をはじめとするさまざまな景品を手にすることができるようになるなど、納税者のメリットも大きく、収納率のアップにもつながるものと考えます。
本市にとっても、カード会社が納税者にかわって納税を行うことにより収納が確実に行われることや、督促手続にしてもカード会社が行いますので、これに伴う事務量の軽減にも寄与することとなり、メリットは大きいものと考えます。
また、ポイント活用による納税意識の増進や納税者の利便性向上につながる有効な手段となり得ると期待されております。
手数料を低額に抑えることやカード共同体など、今後の研究が具体的に進められる必要はありますけれども、メリットも多いことから、本市といたしましても先行する自治体の情報の収集を行いながら、納税の機会を拡大する意味から、納税手段の1つの方法として前向きに取り組んでいただきたいと考えております。

コンビニ納税とあわせて、市としての前向きな答弁をお願いし、私の質問を終わります。